運行前の集合写真。大勢の「ねぶた愛」で、祭りは続いていきます
地鳴りのようなお囃子の音、跳人(ハネト)たちの「ラッセラー!」という掛け声、そして宵闇の街を鮮やかに照らした大型ねぶた——。
熱気の中で幕を閉じた「青森ねぶた祭」。街に静けさが戻ると、青森には少し早めの秋の気配が漂い始めます。
しかし、ねぶたを愛する人々にとって、祭りの終わりは「次の始まり」に過ぎません。
連載最終回となる今回は、祭りを終えたばかりのねぶた師・北村麻子さん、そしてこれまで取材に協力してくださった「縁の継ぎ人」たちに、再びマイクを向けます。
彼らにとって「青森ねぶた祭」とは何なのか。そして、この熱き文化を100年先へとつないでいくために、どのような未来を描いているのでしょうか。
さらに、エピローグとして、長年北村麻子さんの制作風景をファインダー越しに見つめ続けてきた写真家・成田さんの視点から、2026年の「青森ねぶた祭」を象徴する一枚とともにこの連載を締めくくります。
祭りを終えて、また新しい1年が始まる
全力で走り切った、約1週間の「青森ねぶた祭」。
2026年、北村麻子さんが魂を注ぎ込んでつくりあげた『道成寺』は、「優秀制作者賞」と「商工会議所会頭賞」を受賞。沿道を埋め尽くした観衆から大きな歓声と惜しみない拍手が送られる中、感動に包まれながら祭りは幕を下ろしました。
しかし、余韻に浸る間もなく、麻子さんは来年に向け動き出しています。ねぶた師にとって、一つの祭りの終わりは、次なる1年の始まり。祭りが終わるとすぐに来年のねぶたの構想を練りはじめるのです。
麻子さんに、来年の青森ねぶた祭に向けた展望を伺うと、「実は、もうテーマが決まっているんです」と教えてくれました。気になる内容はまだ秘密。来年は一体どんなねぶたを見せてくれるのか、早くも期待と胸の高鳴りが収まりません。
次世代の職人へ継承する「ものづくりの心」
スタッフと話し合いながらの作業。まるで家族のような雰囲気が感じられました(撮影:成田恭平)
ねぶた文化を100年先へ繋ぐために、麻子さんがいま力を注いでいるのが、後進のねぶた師や制作スタッフの育成です。
「見て盗め」が常識だったかつての職人社会から一転、コミュニケーションを取り、言葉を通じて丁寧に教えるスタイルを取り入れています。
しかし、麻子さんは「言葉で教えれば短期間で身につく技術もあります。でも、技術を覚えたからといって、ねぶたが作れるわけではありません。技術は教えられても、ねぶた師としての『心構え』を継承するのが一番難しいんです」と明かします。
単に立体をつくる技量ではなく、ねぶた文化への敬意や、妥協を許さないものづくりへの情熱。言葉だけでは伝えきれないねぶた師としての魂こそが重要なのです。
「次の世代には、ただねぶたをつくるのではなく、祭りの意味や素晴らしさを心から理解し、本気で作品と向き合う姿勢を育んでいってほしいと思っています」と、真剣な瞳で語る麻子さん。こうしたマインドを受け継いだ若き職人たちが、この先どんな名作を生み出し、文化を繋いでいくのか。未来の青森ねぶた祭が、ますます楽しみでなりません。
あなたにとって「青森ねぶた祭」とは? 繋がれていく想いのバトン
「青森ねぶた祭」は誰か一人ではなく、祭りを愛するすべての人々の不断の努力と情熱が重なり合って作られています。
ねぶた師、運行団体、文化施設、そして旅の案内人。
立場は違っても、それぞれの場所で夏に向けて日々試行錯誤を重ねる彼らにとって、「青森ねぶた祭」とは一体どんな存在なのでしょうか。
これまで本連載で出会ってきた「縁の継ぎ人」たちに、祭りに懸ける想い、そして100年先の未来へとねぶた文化を受け継いでいくための決意を語っていただきました。
【ねぶた師・北村麻子さん】
「制作するねぶた全てに人生が詰まっているな、と感じます。去年できなかったことができるようになっているなど、自分の進歩が見える。やりがいがあって、ねぶたは面白いです。これからも最高の作品を1台でも多く生み出していきますので、祭りの熱気を感じに、ぜひ青森に足を運んでください」
【あおもり市民ねぶた実行委員会・佐治隆雄会長】
「少子高齢化が進む青森において、ねぶた祭は街の未来を明るく照らす大切な存在。祭りを通して、県外や海外から訪れる旅行者の皆さんに深い感動を届け、青森のファンを一人でも多く増やしていくことが私たちの使命です。これからも地域と一体となり、何度でも訪れたくなる熱い祭りであり続けたいですね」
【あおもり市民ねぶた実行委員会・小山田拓治副会長】
「幼い頃から、ねぶたは当たり前のように生活の一部でした。進学や就職で青森県外に拠点を移した仲間たちも、この時期になれば必ず青森に戻ってくる。それほど強い『ねぶた愛』が私たちには根付いています。これからも会員一丸となってさらなる高みを目指し、祭りを未来へと繋いでいきます」
【ねぶたの家 ワ・ラッセ・若佐谷大樹さん】
「ねぶた祭は、青森の人にとっていつもそばにある、なくてはならないもの。自分たちのことを『ねぶたバカ』と呼んでしまうほど、ねぶたのことになると熱くなります。『ねぶたの家 ワ・ラッセ』では、多くのお客様にねぶたを知ってもらうため、さまざまな挑戦を重ねています。これからもねぶた文化の発信地として魅力を伝え続けていきます」
【クラブツーリズム・鍋山彩夏さん】
「青森ねぶた祭の準備が始まることで、夏の始まりを感じて気合いが入ります。コロナ禍で祭りが中止になった年もありましたが、地元の人たちの想いの強さがあってこそまた祭りができることに喜びを感じます。ねぶたは、全国的にも珍しい、長い歴史をもつ祭りのひとつ。この伝統を絶やさないよう、多くの人に知ってもらい、現地に行ってもらうことが旅行会社としての使命です」
エピローグ:もう一つの視点-写真家・成田恭平さん
今回の連載において、もう一人の継ぎ人ともいえる存在がいます。それは、写真家の成田恭平さん。成田さんは、長年北村麻子さんの専属カメラマンとして、麻子さんのねぶた制作風景などを撮影されています。
ねぶたの制作から本番まで、ファインダーを通して全体を俯瞰していた成田さんの視点から見た、北村麻子さんの作品の魅力や、ねぶた師やスタッフたちへの強い想いを語っていただきました。そして最後に、成田さんが選んだ2026年の「青森ねぶた祭」を象徴する一枚をご紹介し、連載を締めくくります。
成田恭平さん プロフィール
青森県青森市出身のフォトグラファー。青森を拠点に全国各地で活動中。
2025年、北村麻子さんのねぶた制作風景を切り取った写真が『第29回総合写真展』において最高賞・内閣総理大臣賞を受賞。
レンズ越しに見た、ねぶた師・北村麻子さんと、写真家としての覚悟
「控えめに言っても、麻子さんは天才です」——成田さんは迷いなくそう語ります。
デビュー当時から女性初のねぶた師として注目を集めていた北村麻子さん。存在自体は知っていたものの、2017年の大型ねぶた『紅葉狩』を目にしたとき、成田さんは彼女の作品に強い衝撃を受けたといいます。
縁あって北村麻子さんの専属カメラマンになって今年で6年目。最初は「天才を撮る」という重圧を感じていたといいますが、撮影を重ねるにつれ、共に作品を生み出していく大きな喜びへと変わっていきました。
成田さんは、麻子さんのねぶたについてこう評します。
「麻子さんが描く女性の面を見ると、一本一本立ち上がるような繊細なまつげや、着物の襟のリアルな描写が非常に美しいんです。それに加えて、子どもの表情も生き生きとしている。母であり女性である麻子さんだからこそ生み出せる、唯一無二の繊細さと美しさがそこにあります。特に女性の描き方においては、麻子さんが登場してからねぶた界全体の表現の幅が底上げされたと感じるほどです」
そうして表現の進化を重ねてきた麻子さんが、今年挑んだ『道成寺』。それは、ねぶた師としての原点に立ち返り、今まで関わってくれた人々への感謝を伝えたいという強い想いが込められた作品でした。
成田さんは制作に入る前、麻子さんから『道成寺』を題材に選んだ理由を聞き、その言葉の重みを実感したといいます。「自分もその想いに本気で応えなければいけない」と決心し、試行錯誤を重ねながら作品の美しさを切り取っていきました。
「ねぶた小屋」の変化と、受け継がれる温かな魂
清姫の情念を表現したねぶた。正面から見たときの荒々しい表情から一転、下からのアングルで見ると、少し悲しげな表情にも見えます。絵筆を握る麻子さんは、清姫にお化粧を施しているかのよう(撮影:成田恭平)
麻子さんの技術が毎年進化を遂げる一方で、絶対に変わらない点があると成田さんは教えてくれました。
「それは『作品を我が子のように愛でる優しい眼差し』です。ねぶたの面に筆を入れる瞬間や、運行中のねぶたを見守るとき、まるで自分の子どもを見つめるような温かな目をしているんです。生み出したねぶた1台1台を、心から慈しんでいるのだと思います」
その温かな眼差しは、次世代のスタッフ育成にも向けられています。
「若いスタッフをはじめ、みんなが本当に真摯にねぶたに向き合うようになってきています。麻子さんは一人ひとりに丁寧に指導し、スタッフ側も『麻子さんの作品を一緒につくっているんだ』という強い主体性を持っている。今のチームは、団結力が強く、まるで温かい家族のようです」
儚い芸術を未来へ遺す。写真家としての使命
北村麻子さんのSNSでは、ねぶたの魅力発信のため、そして祭りに来られない方のために、制作期間から祭り本番までの風景を発信しています。
その撮影を担う成田さんは、麻子さんがねぶたに懸ける想いを「写真」という形で代弁しています。
「現地に来られない全国の方々にも、麻子さんが描いたそのままの色、肉眼で見たままの感動を写真にして届けること。それが私の使命です」
いつまでも色褪せない写真という媒体で、感動を広く伝えていく——そんな使命を持った成田さんもまた、ねぶた文化の継ぎ人なのです。
薄暮の中、沿道の観衆に声援を送られながらも、哀愁を感じる送り絵の写真。清姫の心情に寄り添うような一枚は、制作の背景を熟知した写真家ならではの作品です(撮影:成田恭平)
【コラム】写真家・成田さんが教える「ねぶた撮影のコツ」
スマホで撮影する際は、ねぶたの左右のバランスを意識して画面いっぱいに収めるのがポイントです。カメラをむやみに動かさず、ねぶたがベストな位置に来る瞬間までグッと引きつけてシャッターを切ると、迫力ある写真が撮れますよ!
2026年の「青森ねぶた祭」を象徴する一枚
今年の『道成寺』の撮影にあたり、麻子さんと話し合いを重ね、写真家としても試行錯誤を繰り返してきたという成田さん。
そんな成田さんに、2026年の「青森ねぶた祭」を象徴する一枚を選んでいただきました。
8月5日、審査最終日の運行にて、ねぶたに向き合う北村麻子さん(撮影:成田恭平)
「あえて表情は写さず、麻子さんがどんな感情を抱いているのか、一見して分からないような構図にしました」と成田さん。
見事に「優秀制作者賞」と「商工会議所会頭賞」のダブル受賞を果たした2026年ですが、この写真のシャッターを切った瞬間はまさに審査の真っ只中。1年かけてつくりあげたねぶたも、上位の賞を獲得できなければ、わずか1週間の祭り期間のあとに解体されてしまいます。
「ねぶたを我が子のように愛でる麻子さんですが、この時は審査前の緊張や不安も抱えていたはずです。ねぶたといられる時間が残りわずかかもしれない状況で、ねぶた師はどんな気持ちで作品を見つめているのだろうか——。見る人それぞれの想像を掻き立てるような背景も感じていただきたいですね」
見る人へ想像の余地を残しつつ、言葉を超えて想いが伝わってくるかのよう。喜びも儚さも感じられるこの作品は、青森の夏を象徴する美しい一枚です。
100年先につなぐ「ねぶた愛」
多くの人の尽力のもと、青森の夏を熱く盛り上げた青森ねぶた祭。
全5回にわたり私たちが追いかけてきたのは、単なるねぶた制作や祭りの記録ではなく、祭りに関わる人々の胸に宿る熱い想いそのものでした。
ねぶたをつくる人、運行関係者、文化施設に関わる人や旅行会社の企画担当者、写真家——それぞれ立場は違っても、全員の胸にあるのは「最高の祭りを届けたい」というひとつの想い。数々の手と情熱が重なり合って生まれる「ねぶた愛」こそが、時代を超えて「青森ねぶた祭」に人々を引き寄せるのです。
この「ねぶた愛」がある限り、100年先も、その先も、祭りは続いていくことでしょう。
「青森ねぶた祭」の熱気と一体感は、画面越しや写真の美しさだけでは収まりきらず、きっと現地でしか味わえません。
次の夏、今度はあなた自身が青森の地へ足を運び、街を包む「ねぶた愛」を確かめてみてください。
※本記事で紹介している内容は、2026年9月時点の情報をもとにしています。 最新情報は公式サイト等でご確認ください。