クラブツーリズム TOP>「旅の友」Web版【東日本版】> 日本遺産の地に生きる 〜第3回〜
近江盆地の中央に琵琶湖を有する滋賀県。琵琶湖の豊富な水は人々にとってただの資源ではなく、生活や精神に深く関わる大切な存在です。清らかな水には精気が宿ると信じられ、古くから薬師如来が広く信仰されてきました。
そうした生活の中で人々は、水を敬うからこそ、巧みに生活に取り入れてきました。周辺の山々からもたらされる伏流水を、サイフォンの原理を用いて各家庭に引く水利システム。琵琶湖の固有種を使った「鮒ずし」をはじめとする伝統的な食文化。こうした地域ならではの「水の文化」が育まれ、滋賀県の「水遺産」として今に伝わりました。自然と生き物の恵みにあふれた水辺の景観は、水と人の営みが調和した文化的景観として、多くの人を引きつけています。
「日本遺産」とは、文化庁が認定した日本の文化・伝統を語るストーリー。2019年5月までに80のストーリーが認定されました。
地域の歴史的魅力や特色を国内外へ発信することや地域活性化を目的としています。
「琵琶湖が宝だ」。そう話してくれたのは、琵琶湖に浮かぶ沖島(おきしま)で55年漁師をしている、奥村繁さん。漁師という職業は、自然との共存が肝。長年自然と渡り合ってきた奥村さんは、昨年9月、25年ぶりに強い勢力のまま上陸した台風21号の被害について語りながらも、前向きな姿勢を崩しません。一晩で1m水位が上がるような豪雨に見舞われても生活に支障がないのは、水の受け皿となってくれる琵琶湖の雄大さゆえだと深く感謝をし、強風で荒れる波に対しても、「おかげでプランクトンが増加した。漁が好調だ」といいます。琵琶湖とともに生きてきたからこその前向きな姿には、周りも勇気づける力強さがありました。人を育て、人に愛される琵琶湖。その雄大さを、現地で体感してください。
沖島でスジエビ漁を営む漁業協同組合の代表理事組合長 奥村繁さん
琵琶湖に浮かぶ周囲2キロあまりの小さな島、竹生島。大弁財天が祭られるこの島は、古より神が宿る聖地として多くの信仰を集めてきました。その神秘的な美しさは、湖北八景のひとつに数えられています
棹の先端から琵琶湖へと飛び降りる修行、「棹飛び」が行われる伊崎寺
天照大神が琵琶湖・沖島に生んだとされる奥津島姫命が祭られる奥津島神社
沖島の奥津島神社を真ん中に、湖西の白鬚神社と湖東の日牟禮八幡宮が一直線に並びます。一説によると、古い伝説や信仰がこれらの立地に関係しているのだそう
豊かな水を湛える琵琶湖は、「水の浄土」としてその教主である薬師如来への信仰と共に人々に敬われてきました。琵琶湖の周辺に数多くの寺社が建立されているのはそのためです。
古代から水の神が棲まうとされている滋賀県最高峰の「伊吹山」をはじめ、琵琶湖に面した山地に立つ寺社では、今でも水と祈りが結びついた独自の景観や風習を見ることができます。湖中に大鳥居が建つ「白鬚神社」(高島市)や、伊崎寺(近江八幡市)の「棹飛び」がその例。水と結びついたさまざまな祈りの文化は、脈々と受け継がれているのです。
高島市針江をはじめ、琵琶湖の周辺には豊富な水を生かした巧みな水利文化が伝わっています。各家庭の敷地内に設けられた湧き水を溜める「カバタ」は、生活に欠かせない炊事や洗濯を行う場でありながら、神聖な場とされています。針江で暮らす案内人の福田さんによると、子どもが産まれるとカバタの水をわかして産湯に、お正月にはカバタの水を若水にと、生まれてからずっとカバタが身近にあり、感謝が欠かせないのだといいます。
※カバタは私有地のため、案内には予約が必要。前日までにお問い合わせください。
カバタの中で飼っている鯉がコケや残飯を食べ、水が綺麗に保たれています
地下水を利用する「カバタ」に対し、川の水を生活に利用する「カワト」。近江八幡の屋敷跡で見ることができます
針江で生まれ育ち、その生活文化を語ってくれた案内人の福田千代子さん
琵琶湖八珍のひとつ、琵琶湖の固有種であるスジエビの漁は、傾斜のある湖底に網を張る「底引き網漁法」。小さなスジエビはレーダーに反応しないため、網を仕掛ける場所や引き上げのタイミングは経験によるものだといいます
江戸時代から続く定置網を使った琵琶湖独特の「エリ漁」
島内には自動車がなく、主な移動手段は三輪車。ゆったりとした時間が流れます
島の売店には、琵琶湖で獲れた魚の佃煮など、沖島ならではのお土産が並びます
琵琶湖の沖合1.5キロに浮かぶ沖島は、琵琶湖最大の島であり、また日本で湖中の島に人が住む唯一の島です。世界的に見ても大変珍しく、その生活様式は貴重な文化遺産とされています。多くの漁船が停泊し、人々が朗らかに挨拶を交わす港や、趣のある古い家屋が立ち並ぶ街並み。見渡す限り、時間がゆっくりと流れるような、穏やかで郷愁にかられる景色が広がります。近江八幡の堀切港からは2時間ごとに連絡船が行き交い、乗船時間は10分ほど。身近な離島で過ごす非日常を、ぜひご体験ください
鮮度が命の湖魚。島内だからこそ味わえる獲れたての魚は絶品です
沖島の西端に位置する湖上荘。客室やテラスからは、夕日に染まる琵琶湖の絶景を眺めることができます
沖島の食文化を守っていきたいという女将の強い思いで、滋賀県で初めての漁家民宿となった「湖上荘」。琵琶湖ならではの素朴な素材が生きた料理は、食材のありのままを味わえる贅沢なものばかりです。琵琶湖大橋、比叡山、比良山系が一望できるロケーションも見どころ。
琵琶湖八珍であるニゴロブナ、ホンモロコ、コアユ、スジエビをはじめ、コイや近江八幡に古くから伝わる丁字麩など、滋賀の地ならではの食材をふんだんに用いた料理(写真は「納屋孫」の料理一例)
琵琶湖の固有種、ニゴロブナの鮒ずしは、古くから伝わる滋賀県の郷土料理。塩漬けしたフナを炊いたご飯と共に重ね漬けし、自然発酵させたものです。
琵琶湖の湖魚は、古くからその地に住む人々の食を支えてきました。琵琶湖の固有種を含む数々の湖魚は「琵琶湖八珍」と呼ばれ、それらを用いた伝統的な郷土食が、現在にも受け継がれています。琵琶湖八珍の魚介類は、貴重なタンパク源の保存食として伝えられてきた歴史を持ちます。滋賀の伝統的な郷土料理として知られる鮒ずしもそのひとつ。発酵食品である「なれずし」の料理法が、琵琶湖沿岸で独自の進化を遂げたのが始まりです。家庭でもできる鮒ずしの作り方が滋賀県漁業協同組合連合会で公開されるなど、今でも人々に広く親しまれています。
江戸時代の中期に創業し、近江商人の旧家を得意先として暖簾を守ってきた老舗料亭「納屋孫」。約3年熟成するという鮒ずしをはじめ、秘伝の味を長きに渡り守り続けています。琵琶湖の新鮮な湖魚を始めとした四季折々の食材が用いられる伝統料理は、いずれも逸品です。
古くからの街並みが残る五個荘に店を構える納屋孫
鯉の泳ぐ水路が印象的な街並み
当時の暮らしを感じる屋敷群
重要伝統的建造物群保存地区に指定された、趣深い街並みが残る五個荘(ごかしょう)。ここでは白壁(漆喰)の土蔵や舟板塀が特徴的な、近江商人屋敷群を見学することができます。朝鮮から仕入れられた灯篭や池泉の見事な庭、水路を引き込んだカワトなど、当時の近江商人の生活文化を垣間見られる他、滋賀の郷土民芸品である「小幡人形」の常設展示が行われています。
大変めずらしい水中花「梅花藻」が美しい地蔵川 ※花の見ごろは5月中旬〜8月下旬
「近江の厳島」とも呼ばれるパワースポット。琵琶湖の中に大鳥居を構える絶景は必見です
丸いガラス瓶の中に、瓶の口よりも大きな手まりが入った伝承工芸品「びん細工手まり」を日本で唯一販売しています
太い芯だからこそ点く丸みを帯びた灯りが特徴の櫨ろうそく
30色以上あるというバリエーションに富んだ色ろうそく
100年に渡り滋賀の地で和ろうそくを作り続ける老舗です
滋賀県の伝統工芸品として指定される「大與」の和ろうそく。なかでも、櫨(はぜ)の実による蝋のみを用いる櫨ろうそくは、全国で10人ほどしかいない熟練の職人が、手掛けと呼ばれる製造技法を駆使してしあげた逸品。厳選された伝統の和ろうそくは、どれも美しい工芸品です。
今回、取材に同行させていただき、地元の方との交流を通じてあらためて感じたことは、皆さんが「琵琶湖と共に生きている」ということでした。琵琶湖は日本最大の淡水湖。大きさは滋賀県の16%(約1/6)を占め、最大深度は103.8mにもなります。近畿圏の飲料水の「水がめ」でもある琵琶湖には、1級河川だけで119本、小さなものも含めると460本もの川が流れ込んでいます。ところが出口は最終的に淀川になる瀬田川1本だけです。滋賀県の人口は141万人。その多くの人たちが、琵琶湖周辺で生活をしています。
昭和の高度成長期には琵琶湖の水質汚染が進み、近畿の飲料水としても深刻な問題になりました。水質改善への強い意識、ひいては県民挙げての環境対策への取り組みにより、今回の取材で触れたような、素晴らしい自然環境を取り戻しつつあります。これも県民が琵琶湖を深く愛する表れではないでしょうか。
記事にあるように、日本の淡水湖内で唯一の生活住民の居る島(沖島)、歴史的には日本の宗教観を象徴する神仏習合の地、竹生島(ちくぶじま)もある琵琶湖。まさに「祈りと暮らし」が体感できる場所です。湖北の十一面観音の隠れ里、湖西の里湖(ウミ)・里山、湖南の天台三総本山(比叡山延暦寺・三井寺・西教寺)・湖東の水郷などの水遺産を代表として、琵琶湖の東西南北はそれぞれ個性的な顔を持ち、皆様方のおいでをお待ちしております。
クラブツーリズムを通して「一歩地元に踏み込んだ旅」を味わっていただければ幸いです。
クラブツーリズム株式会社
地域交流部顧問 宮本茂樹